創作系ぽいぽい場

だいたいそんなかんじ

ナイフが彩る二人のせかい

「ねぇ、もう終わりにしましょう」
 その言葉を彼女から告げられた時、私は驚く程心が軽くなった。
 五年というそれなりに長い時間を共に過ごしてきたが、いつしか互いが億劫に、だが手放せる程遠い存在でなくなってしまい。歩を進めることも、後ろに戻ることも出来ないような苦しい時間が続いてきた。浮気の回数は両者数知れず、それでも関心がないかのように喧嘩すらない無表情な日々。
 それもようやく終わりなのか、とほっとして肯定の言葉を告げると、彼女は心から嬉しそうに微笑む。
 そしてその数え切れぬ程口付けを交わしてきた真っ赤な唇から、歌うように言葉を紡ぎ出した。
「じゃあ一緒に死にましょうか」
 数瞬の思考の停滞。
 何を口走ったのか理解し、その手に握られた蒼く輝くナイフと嬉々とした表情を見て、冗談だろうと声を掛ける気すら失った。
 この女は、本気でここで私と心中するつもりだ。長い付き合いだからこその確信を得て、その上で問う。
「何故突然心中なんだ。別れるならそれでいいだろう」
「ダメよ。私は別れたいわけではないのだから」
 再び思考が止まる。その発言の意味が理解出来なかった。頭を空白が支配するが、彼女の口は止まらない。
「昨日ね、雑貨屋でこのナイフを買ったの」
 それがどうしたという言葉が出るより先に続いていく、綺麗なメロディのない歌。
「すごくきれいでしょう。少しの光でも青くきらめいて、気に入って手に取ったんだけどね」
 軽やかな動きでナイフを弄ぶその動きは、紡ぐ言霊と相俟って踊り子のかわいらしいダンスのようで。
「何か切ってみたいと思ったら、ふとあなたのことが浮かんだの。でも殺人って悪いことだし、あなたのいないせかいなんてありえない」
 だから。
「だからね」

 直後、赤が飛び散った。
 それは私の肌を叩き、流れ落ちる。
 先刻まで最愛の人だったそれを浴び、荒い息で悦びに震えつつ、青く輝くナイフを拾い上げた。
 そしてそれを自分の首に当て、つぶやく。
「さよなら」
 ぶちぶち、という音とともに、視界が傾き暗転する。

 こうして赤と赤は鮮やかに入り交じり、せかいは二人だけのものとなった。
 それを祝福するかのように、地に落ちたナイフは乾いた金属音で拍手を送っていた。